球団史上初!自力での実況生中継を行った2021年開幕戦に密着。
「最後の球が甘かった。外の要求だったのに浮いたんすよね…」
試合終了後、吉村樹が悔しそうに語る。
10回表、2アウトからのヒットで勝ち越しを許した堺シュライクスは、3年目にして初の開幕戦黒星を喫することとなった。
「アホな監督のせいです。選手は頑張ってました。まだまだやな…」
こんなに落ち込んでいる大西監督を見たことがない。それほど、この開幕戦にかける思いが強かったのだろう。
ホームなのにどこか重苦しい空気の球場内を歩いていると、オーナーの松本と遭遇した。
(松本も開幕戦の勝利を楽しみにしていたしなぁ…落ち込んでるんだろうなぁ…)
なんと話しかければいいのやら言葉を探していると、向こうから声をかけてきた。
「これはもしかして…大勝利ってやつじゃない!?」
負けた直後なのに大勝利?なに言ってんだ?開幕戦初黒星で気でも狂ったんか?
「たしかに試合は負けたけど、生中継は大成功だったはず!」
そう、我々は今回の開幕戦で、「野球の実況生中継」に挑戦した。
終わらない配信準備。前説でスベり倒す若手芸人。延長戦までもつれ込んだ試合。
今回の記事では、4月3日にくら寿司スタジアム堺で行われた開幕戦の様子や舞台裏を、余すことなくお届けします!
目次
実況生中継のトリガーは「両親との電話」
今回の開幕戦の様子をお届けする前に、実況生中継を始めるきっかけとなった出来事からお話する必要がある。
きっかけは、今年新加入した藤田青空とご両親との電話だった。
津軽弁講座その1「たげ(すごく)/はんで(だから)」
ある日のこと。
堺シュライクスの選手寮で藤田が電話をしていた。どうやら電話の相手は、彼の実家・青森にいるご両親のようだ。
僕も彼と同じ青森県出身なのでわかるが、実家の親と電話で話すと、とんでもなく地元の訛りが出てしまう。
ただ、自分ではそれに気付かず、電話を切った直後に「今とんでもなく訛ってたよ」と周りに言われて初めて気付く。そういうものなのだ。
偶然そこに居合わせた球団スタッフ伊藤ちゃんの近くで藤田は電話を続ける。
「たげうまぐやってらじゃ!わっつどうづはんで楽しみにしてけせ!」
伊藤ちゃんは動揺した。生まれも育ちも堺っ子の彼女には、藤田の言葉が一切聞き取れない。
電話を終えた藤田に伊藤ちゃんが尋ねる。
そう、堺シュライクスは2021年シーズンからYouTubeを本格的に始めた。本数はまだ少ないが、キャンプインでの練習風景や選手寮でのプライベートな姿などが見られる。
普段は球場に来れないけど、遠くからでも応援してる方々に選手の映像を届けたい。
そんな思いから始めたYouTubeだったが、その動画内に映っていた藤田の映像を見て青森のご両親が喜んでくれた。これは嬉しい。
また、こういった選手がプレイする映像をスカウトが見る可能性だってある。
選手の魅力や実際の雰囲気をもっとたくさんの方々に伝えるためにも、生中継による映像の力が今後必要なのだ。
津軽弁講座その2「わぁんど→自分たち」
堺シュライクスは過去に何度か生中継をしてきたが、それはあくまでも、野球中継専門の業者に高いお金を払って“やってもらった”にすぎない。
この仕組みに、オーナーの松本は常々疑問を感じていた。
ちなみに松本も藤田と同じ青森県出身。普段は標準語だが、興奮すると訛りが出てしまう。どこのろくでなしブルースだよ。
また、独立リーグだからと足元を見てくる野球中継専門業者には憤りすら感じていた。騒ぎ出す津軽の血は、もう誰にも止められない。
彼はこう言った。
「業者に頼むと高いから、独立リーグらしく自分たちの力で生中継をやってみよう!」
日本全国には独立リーグが5つあり、全部で26もの球団がある。
2021年4月現在、業者に頼らず自分たちの力だけで実況生中継をやっているのは、茨城アストロプラネッツしか知らない。
それほどハードルが高く、費用もかかるのだろう。
やるからには良いものを届けないと意味がない。ここは映像に詳しい方の力が必要だ。
そこでオーナーの無謀な挑戦に巻き込まれたのが、「カンタケチャンネル」代表の寒竹さんだ。
大阪市中央区にオフィスをかまえるマルチクリエイトデザインオフィス。販促物、ホームページなど各種デザイン・企画・制作。動画制作やシステム開発、イベント運営などを手掛ける。堺シュライクスのオフィシャルトップパートナーでもある。
説明書きを読むより、こちらの動画を見ていただきたい。
こちらは2021年シーズンの開幕に向けて作られたPR動画だ。見終わるころには思わず「あ、このチーム応援しよ!」となってしまうほど最高にかっこいい作品なので、まずは見てほしい。
この動画を作ってくれたカンタケさんは、言わば“映像のプロ”なのだけど、「野球の生中継」は専門外。初の試みとなる。
開幕戦までに何度かリハーサルをしたものの、始めは(というか前日まで)映像は繋がらず、音声は拾えず、画面の切り替えであるスイッチャーも作動せず。
開幕戦約1週間前の3月23日には、くら寿司スタジアムで試合をやる最後の日だったにも関わらず、トラブルにつぐトラブルで開始4分しか放送できなかった。4分て。
まさに踏んだり蹴ったり、ほぼぶっつけ本番の状態で当日を迎えたのだ。
堺シュライクスで放送した「幻の4分間」はアーカイブすら残ってないが、「カンタケチャンネル」のYouTubeチャンネルから放送した動画が残っていた。(上記の動画)
そこには、思い通りいかずにもう笑うしかない貴重なテスト放送が映っている。
何度も言うが、これは開幕戦約1週間前、なおかつ同じ球場で行われる試合としてはラストチャンス。
それを知ったうえで上記の動画を見ると、とても深刻な状況ということが伝わるだろう。
数時間後には開幕戦が始まる。さぁ、けっぱるど!(がんばるぞ!)
試合開始前〜開幕戦のスペシャルゲスト〜
開場1時間前となり、球場入口前には長蛇の列が。かれこれ3度目の開幕戦となるが、ここまでの列は見たことがない。
未だにコロナが落ち着かないなかで、こんなにも多くのファンが応援に駆けつけてくれるなんて。ただただ感謝しかない。
そんな来ていただいたファンの方々が安心して観戦できるよう、ソーシャルディスタンスの確保や入場時の検温など、運営側も出来る限りの感染症対策を行っていた。
スレンダーパンダ、参上
ひとしきり入場したファンを見届けたあとで本部へ行くと、どこか落ち着かない様子でネクタイを整える二人組がいた。
彼らこそ、今回我々が挑戦する「野球の実況生中継」の“実況”を担当するお笑いコンビ・スレンダーパンダである。
もともとは、松本の嫁の姉の夫の弟子がたまたま同じ青森県八戸市出身で、その同級生が東京でお笑い芸人をやっているというので声をかけたのがきっかけだ。
コンビ揃って大学まで野球をやっていた(二人はそこで出会った)こともあり、二つ返事で今回の仕事を引き受けてくれた。(写真左:じゅんせー、青森県出身。写真右:木谷カレー、広島県出身)
堺シュライクスには「夢を掴む場所であり、夢を諦める場所」というビジョンがある。
今回の仕事を依頼したのには、「彼らのような夢を追う若者にとって、チャンスを掴むきっかけになれば」というオーナーの思いもあったのだろう。粋なことをしやがるぜ。
そんな彼らに、今日の意気込みを聞いてみた。
軽い挨拶ではお笑い芸人としての素養を微塵も感じ取ることはできなかったが、それもそのはず。
YouTubeと言えど生中継。何がどうなってバズるかわからない時代だ。今日という日が転機になるかもしれない。
ちなみにこの20分後、「夢を掴むためのきっかけ」として観客席で漫才をしてもらったのだが、逆に「夢を諦めるきっかけ」になるんじゃないかと心配になった。
登美丘高校ダンス部「今の私たちを見ろ!」
スレンダーパンダの漫才によって若干涼しくなった球場に、荻野目洋子の「ダンシング・ヒーロー」が流れる。その曲とともに、カラフルな衣装の少女たちが入場してきた。
本日のスペシャルゲスト、登美丘高校ダンス部のメンバーだ。
登美丘高校ダンス部といえば、2017年に一世を風靡した「バブリーダンス」の印象が強い。しかし、今日の彼女たちはそれを踊らない。なぜなら、彼女たちは「登美丘高校ダンス部」であって、「バブリーダンスの子たち」ではないのだ。
彼女たちは踊る。スタンド席に向かって、ひたすらに笑顔を絶やすことなく踊り続ける。まるで、「今の私たちを見ろ!」と言わんばかりだ。
今を生きる彼女たちのダンスによって、球場は大きな拍手と熱気に包まれた。登美丘高校ダンス部のみんな!スレンダーパンダの分まで球場を盛り上げてくれてありがとう!
もうひとりのスペシャルゲスト、堺市長の永藤英機氏による始球式も終わり、いよいよ開幕戦プレイボール!
開幕戦スタート!
先発のマウンドへ上がるのは吉田亘輝。今回で3年連続の開幕投手となる。
試合前に大西監督は、「あくまでリーグ戦のうちの1試合。とはいえ開幕戦は特別なものだから、今日はシンプルに勝ちに行く。そのためのメンバーを選んだつもりやから、あとは頼んだぞ、亘輝」と話していた。
一昨年と昨年の開幕戦も亘輝が先発で勝利を収めているため、まさに信頼と実績の開幕投手というわけだ。(写真:「Nail’+」ジョイントメディア)
1回裏、3番大橋が頭部へのデッドボールを食らい、和歌山の先発投手が危険球退場。序盤から不穏な立ち上がりとなったが、その後は両投手が締まったピッチングを魅せ、それに応えるようにエラーもなく良い守備が続く。
一方その頃、生中継はどうなったかというと、かなり順調のようだ。
映像も音声も途切れることなく、オーナーが担当するスイッチャーも初めてとは思えない切り替え具合。さらには、スレンダーパンダがまさかの絶好調で、中継を見ていたファンからも「実況がおもしろすぎるw」とコメントが来るほどだった。
一塁側スタンド席からカメラを構えていたカンタケさんも、「全てが噛み合って奇跡的にうまくいってる。ただ、球追いムズいな~!全然野球に集中できへん!」と、楽しそうに独り言を呟きながらカメラをまわしていた。
5回、試合が動き始める
0-0のまま5回表を迎えた。
ノーアウト2塁3塁のピンチを8番長尾に初球から狙われ、和歌山が1点を先制。さらに1アウト1塁3塁から1番丹羽ちゃん(昨年まで堺に在籍)をセカンドゴロに打ち取るも、その間に1点を追加され、2-0となる。
直後の5回裏、今度はシュライクスのターン。
1アウト満塁の場面で打席に立つのは、最初の打席で危険球を食らった3番大橋。おいおい大丈夫かよという心配をよそに、ライト前ヒット!三塁ランナーがホームに還って1点を返す。それに続けと二塁ランナー大神もホームを狙う!しかしライトから好返球が来ているぞ!間に合うか!?ヘッドスライディング!…判定は、ッアウトー!!!(写真:「Nail’+」ジョイントメディア)
攻めたうえでのアウト、これはしょうがない。ナイスラン大神!それにしても、最初の打席で危険球を食らってからのタイムリー、さすが百舌鳥の兄貴分、大橋。痺れるネ!
8回、この試合最大の山場/山田
白熱する試合展開、今度は和歌山のターン。
8回表、先頭打者の丹羽ちゃん(昨年まで堺に在籍)がレフトオーバーのヒットを放つ。ノーアウト3塁の大ピンチから、2番松本(一昨年まで堺に在籍)にヒットを打たれ3-1と離される。それにしても元シュライクスの選手多いな。
そして8回裏。2アウト2塁の場面で、打席には4番DH長谷川。
185cm105kgと、いかにもな4番バッターの長谷川。ただ彼は、見た目とは裏腹にメンタルが弱いらしく、試合前に控室でナーバスになっているところを「昨日と全然違いますやん!」と樋口にイジられていた。
彼が打席に立つとベンチからは「アラフォイさん頑張れ!」と声が飛ぶ。「アラフォイ」というのは彼の口癖らしく、「That’s a boy/That’s the boy」を短縮して作られたスラング「attaboy」が由来となっている。メジャーリーグのベンチなどでも「いいぞ!頑張れ!」という意味でよく使われているそうだ。なんだこの情報。
そんなアラフォイ長谷川の打球はショートの正面へ。完全に打ち損じて万事休すかと思われたが、ここでショートが悪送球。ラッキーな形で3-2となり、1点差まで追い上げる。アラフォーイ!
8回裏で1点差、チャンスも残り少ない2アウト2塁。打席には5番山田。
キャプテンとして、チームの主軸としての真価が問われるこの場面。なにより山田君は僕の推しなので、ここで活躍する姿が純粋に見たい。がんばれ山田君!
そんな思いが通じたのか、2ボール1ストライクから振り抜いた打球はレフト前へ!2塁ランナーがホームへ還り3−3の同点!やったぞーーー!
球場のボルテージは最高潮のまま、試合は9回へと進む。
9回、マウンドには18歳吉村
9回表、先発の吉田に代わり吉村樹がマウンドへ。
彼は今年高校を卒業したばかりの18歳の選手だ。ただでさえ開幕戦、しかもこの場面で任されるということは、相当期待されているのだろう。
そんなプレッシャーを物ともせず、マウンドで投球練習をする吉村には笑顔が見えた。
そんな吉村を支えるべく内野の守備が光り、三者凡退で9回裏へ。
9回裏、サヨナラで試合を決めたいシュライクスは、1アウトから9番樋口がライト前ヒットで出塁。しかし、続く1番大神が痛恨のバントミス。なぜここでバントをしたんだ大神ちゃん…と思ったところでしょうがない。
2番平岡はショートゴロに終わり、開幕戦史上初の延長戦へ突入した。
熱戦を終えて
「最後の球が甘かった。外の要求だったのに浮いたんすよね…」
吉村が悔しそうに語る。
10回表、2アウトからのヒットで勝ち越しを許したシュライクスは、3年目にして開幕戦初の黒星を喫することとなった。
ベンチでは藤江コーチと大西監督が選手へ声をかけていた。
吉村は眼にうっすらと悔し涙を浮かべていたし、大西監督もかなり気落ちしていた。そんな重苦しい空気から逃げるように球場内を彷徨っていたところで、オーナーの松本に会った。
選手や監督とは裏腹に、生中継組の裏方チームは眼を輝かせていた。
正直僕は、記事用の写真撮影やらYouTube用の動画撮影やらで、ほとんど生中継の配信を見れていなかった。そんなに良かったのか〜。普通に見たかったなぁ生中継。
え、なんだって!?この生中継、YouTubeだからアーカイブが残っているだって!?
ということで…生中継の大成功を祝して、打ち上げでーい!!!
酒がたんげ、めぇ!
淀屋橋にある居酒屋で、先程まで自分たちが撮影していた映像を眺めながらの打ち上げが始まった。
選手のファインプレーにではなく、その選手のファインプレーを収めていた自分たちに称賛を送る。大の大人が、年甲斐もなくはしゃぎながら自分たちの仕事に酔いしれる。
コロナだとか、大人だとか、オーナーだとか、今日だけは大目に見てほしい。満足のいく仕事ができたときには、自分で自分を肯定したくなるし、それをチームで成し遂げたなら、みんなでその喜びを分かち合いたい。
「それにしても、ホンマに実況おもろいな!」
試合前に漫才を披露した時はどうなることかと思ったが、とにかく実況のスレンダーパンダが凄かった。野球経験者というだけで、あれほど饒舌に実況ができるものだろうか。
木谷さんのシュールなボケには思わず笑ってしまったし、重要な場面ではじゅんせーが軌道修正して試合に集中させる。何よりじゅんせーは声が良い。これは実況においてめちゃくちゃ大事なことだと思う。
想像以上に「二人の掛け合い」と「野球の実況」の相性がめちゃくちゃ良かった。
今回の実況生中継で、「野球×お笑い芸人」という新たな可能性が見えたように思えるし、後日入ってきた情報によると、早速スレンダーパンダには他の独立リーグの球団から仕事が舞い込んだようだ。M-1の後にマネージャーの電話が鳴り止まないみたいな感じでいいね。
今日の活躍が、彼らの夢を掴むためのきっかけになるとしたら感慨深い。
上記動画は8回裏から始まる。白熱した試合展開とスレンダーパンダの実況が見事に噛み合った球史に残る名場面「野球が楽しいーーー!」が見られるので、ぜひご覧いただきたい。
いいぐらいにスレンダーパンダのことを褒めちぎった後、カンタケさんが言った。
「実況もそうやし、映像も音声も途切れず、雨も降らんかった。ホンマにこれは、全てがうまく噛み合って生まれた奇跡やで」
例えるなら、スラムダンクの山王戦で桜木とリョーちんが初っ端かました奇襲のようなものだ。10回やって1回成功するかしないかの、1回目がたまたま最初に来たような。違うかな。いっ。
とまぁ、たしかに自画自賛したくなるほど実況生中継はうまくいった。
しかし、この成功を生み出したのは間違いなく選手たちだ。
両投手が好投し、不必要なエラーもなく、延長戦までもつれ込むような熱戦を見せてくれたおかげだ。
締まった試合を逃すまいとカメラを追い、決定的な瞬間を届けるべくスイッチャーが動き、白熱した試合に引っ張られて実況も冴え渡る。
チームは負けてしまったけど、シュライクスの選手も、実況生中継をした裏方も、それぞれが数段レベルアップできた開幕戦になったと思う。
改めて、ヒリヒリする仕事とうまい酒を呑ませてくれた選手のみなさん、ありがとうございました!(写真中央で満面の笑みとダブルピースを見せるカンタケさん、仕事を休んでまで来てくれたいむにーさん、誕生日なのにわざわざ来てくれたまりなちゃん、本当にありがとうございました!)
自分の実力以上の仕事に向き合った仕事のあとのお酒は本当に美味しいね。
人生でそんなに思うことのない感動と達成感を、必ず次に繋げていきます。
たくさんのメンバーに支えられています!#堺シュライクス pic.twitter.com/t8XSf4NldO
— 松本 祥太郎 / アートと採用戦略立案と球団オーナー (@matsumoto0710) April 3, 2021
そして、球場に来てくださったファンの方々、開幕戦は勝てなかったけどシーズンこれから!2021年の堺シュライクスをよろしくお願いします!
まだ見てない方はダイジェスト動画をチェックしてみてね!
へばなっ!